関西の女料理人が江戸で花を咲かせる時代小説、『みをつくし料理帖。』
大ベストセラーなので、ご存知の方も多いと思います。
かつてドラマ化を2回、映画化を1回しておりますが、わたしはNHKドラマ版がとても好きでした。
黒木華さんが、とても合っていて…。
本編のあとのお料理解説もほのぼのしていてよかったです。
みをつくし料理帖と出会ったのは、10数年前でしょうか。
当時、お付き合いしていた恋人に唐突に昆布とみをつくし料理帖の一巻を渡され、『こういうのが食べたい』と言われたのです。
どうやらハマり症の彼は、小説の中の世界観にすっかり感銘を受けてしまったようでした。
それまでもお料理は好きでしたが、わたしが作るのは麺つゆや顆粒だしをふんだんに使った大味おおざっぱなものばかり。
これはとても面倒くさいことになったぞ…。
『とにかく読んでみて』と執拗に勧められしぶしぶ読み始めた、ふだんは読まない時代小説。
しかし、すぐにわたしもその世界とお料理のとりこになりました。
物語はこんなかんじ。
あらすじ
とある事情を抱え、江戸に出てきた女料理人の澪(みお)と、かつて澪が働いていた料亭の元女将の芳(よし)。
二人は長屋に住み、大旦那を亡くした悲しみに暮れる芳を支えながら、澪は小さな料理屋『つる屋』で働いています。
印象的な冒頭のシーン。
『せっかくの牡蠣をこんな酷いことしやがって』怒りをあらわにし勘定を投げつける客。
七輪の上では、土鍋の鍋はだに塗られた白味噌が溶け出した出汁の中でおいしそうな牡蠣がふっくら。
いわゆる関西の土手鍋を見たこともない江戸の客は、怒って帰ってしまったのでした。
丸顔に下がり眉、おっとりとして控えめな性格の澪。
しかし料理のこととなると、ものすごい意思の強さと負けん気を発揮します。
『酷いやて、そっちの方がよっぽど酷いやないの』
そう心の中で毒づく澪を、どこか楽しげに見つめるお武家の小松原さま。
謎の常連客の彼は『おい下がり眉』とからかいながらも、江戸の人々の味の好みを学び日々自分の料理を磨き努力する澪を見守り続けます。
澪の天性の味覚は類まれない才能で、澪が作り出す関西と関東を合わせた新しい料理は次第に話題となりお店も軌道に乗るように。
しかし、そんな『つる家』を気に入らない料亭『登龍楼』の非道な罠。
澪はいったいどうやって立ち向かっていくのか…。
そして生き別れになった大切な幼なじみの野江ちゃんが吉原の花魁になっていることを知った澪の取った行動とは。
読みやすさの魅力
全10巻と長編ですが、澪がさまざまな困難に決起に立ち向かい乗り越えていく様は、まるで気弱ながらに悪をなぎ倒していく少年マンガのヒーローを見ているよう。
爽快で、サクサクと読み進められてしまいます。
また、短編形式で各ストーリーごとに主題のお料理と絡めて物語がひと段落しているので、『今日はここまで』と気軽な気持ちで読み進められるし、本を開く時は『次はどんなお料理が飛びだすのかな?』といつもワクワク。
登場人物の魅力
『映画がどれだけ魅力的かは、その映画の中にどれだけ多くのいいシーンがあるかだ』という言葉を耳にしてなるほどなと思ったことがあるのですが、小説のキャラクターにおいても同じことが言えるのではないでしょうか。
女職人というだけで差別される時代。
災害で天涯孤独となったつらい過去を背負いながらも人を愛し食を慈しむ、弱くも強く気高い澪。
そんな彼女の周り集まる、たくさんの魅力ある人々。
つる家にも徐々に人が増え、ハートフルなメンバーが一喜一憂時する様に何度も胸が熱くなります。
わたしもつる家で働きたい!
わたしのお気に入りは、涙もろい主人のおじいちゃん種市。『お澪坊、こいつはいけねぇ、いけねぇよぅ』は、澪の料理に感激した時の口癖です。
それから下足番の少女ふきちゃん。のっぴきならない事情があるのですが、すごく純心でほんとうにかわいい。
恋愛要素では、さわやかでやさしい町医者の原斉先生とニヒルでかっこいい謎の男小松原さまの対比が楽しめます。
いったいどっちと結ばれるのか、終盤までキュンキュンハラハラしどおしでした。
ちなみに、わたしは完全に小松原さま派。
そしてわたしが大好きだったのが、常連客の清右衛門先生。なんだこのツンデレは…。海原雄山(美味しんぼ)か。というような人物。激辛口ですが、たまーにデレが入るので、クスリとしてしまいます。
登場人物ひとりひとりに個性があり、それまでの人生や人間性がしっかり書き込まれている。
読んでいくうちに引き込まれて愛おしくなってしまう。
そんな人たちがたくさん出てきます。
お料理の魅力
とにかく澪が作り出すお料理が毎回すごくおいしそう。
現実で既存のメニューを、江戸時代の澪が創り出したという設定が多いのですが、それが逆に新鮮に感じます。
序盤の、澪が何度も試行錯誤を重ね、鰹と昆布の合わせ出汁を完成させるシーンを読むと、普段何気なく作っている料理にも大昔から今までのたくさんの人たちの努力や想い、エピソードが詰まっているんだなあ。
すごいことだよなぁ。
と、しみじみしたり。
わたしがよく真似をして作っていたのは、
『はてなの飯』
江戸では人気のない脂ののった戻り鰹を、お醤油味で煮て生姜をきかせた極上混ぜごはん。
『とろとろ茶碗蒸し』
当時は関西でしか一般的じゃなかった茶碗蒸し。江戸の人たちはひと口食べた瞬間から天国の味がする!と虜に。
お持ち帰りで温めたときに表面が乾かないよう、屑あんをかけてあるのは澪のやさしさ。
『しのび瓜』
さっぱりしたものが食べたい夏。
きゅうりを輪切りにしたときの模様が家紋に似ていることからきゅうりを食べられない、武家の人々のためにきゅうりを叩いて模様を潰してから漬けた浅漬け。
合わせだしとごま油の風味で格別なお漬物に。
『里の白雪』
白身魚にかぶのすりおろしを乗せて蒸しあげた料亭風の一品。
雪に見立てたかぶで、ひらめをやさしく包み隠したこの料理には、澪が吉原に閉じ込められている野江ちゃんを守りたいという想いが込められています。
意外と手軽に作れる。
白身魚とふわふわのかぶがたまらない…。
最後に
この本を通じて、口にする人(自分をふくめて)のことを考えて料理をすると、とても満たされた気持ちになることを知りました。
『食は、人の天なり』
本当にそのとおりだなあ。
と思います。
余談ですが、わたしにこの本をすすめた当の本人はハマり症以上に飽き性だったので、さっさと飽きて読むのも途中でやめてしまっていました。
そして数年前にお別れをし、今では思い出すことも少ない自分を通りすぎていった人間ですが、こうして何かしら残るものがあるから人との関わり合いはふしぎなものです。
なんとなくいい感じ風にまとめたところでおしまい。
『みをつくし料理帖』もし気になったら、ぜひ読んでみてください。
しあわせな気持ちになりますよ。
コメント
Great content! Keep up the good work!